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「はんせい」

 エッセイ集 全30話

 規格 : B6判 / 124P

 価格 : 1000円

 発行 : 橋和屋deathgod 

 発行日: 2022年1月16日

オカンとパンツ

 ある日、母が忙しくタンスの中を探っていた。

 何を探しているのか尋ねると、母は怒鳴るように「パーティにいくのに胸ポケットに挿すハンカチがあらへんの!」と答えた。

 結局、母は迎えにきた友人男性に急かされ家を後にしたが、数時間後に戻ってきた二人がどこか変。パーティで何かあったのだろうか。聞いたところ、胸ポケットに挿すハンカチが見つからなかった母は、シルクのパンツをポケットに刺して行ったらしい。

「なんでそんもん刺したんや」そう眉を顰める私に、「胸ポケットからちらっと出す程度やし、丁度ええかなおもて。シルク生地やし上品に見えるやんか」

「……まぁ、たしかに誰もポケットにパンツ刺してるとは思わへんやろうけど」

 呆れる私に、「それがなぁ」と友人男性は困り顔。続きを聞くと、パーティ後に寄ったレストランで、店員のお兄さんから「落としましたよ」声をかけられたそうだ。お兄さんの手にはシルクのパンツ。母はすかさず、「そんなパンツ知りません。私のじゃありません!」と叫んで、店内の注目を浴びた。

 男性店員は、女物のパンツを摘んで呆然と佇んで、「でも、お客様のジャケットから落ちましたけど!」と主張。「そんなパンツ知らん言うてるやろ、なんやのあんた!」と、母。邪険に店員を睨みつけて店を出てきたという。

 私は絶句した。恥ずかしさから、思わず自分のじゃないと言い張った母の気持ちはわからないでもない。いい歳してシルクのパンツを持ち歩いているなど思われたくないだろう。しかし、たくさんの客が注目する中で、女性もののパンツを手に、涙目で訴える男性店員の姿が脳内にくっきりと描写された私は、彼が気の毒でならなかった。もし、私がその男性店員だったらと思うと鼻の奥がツンとする。かといって母に、「先ほどはすみません。そのシルクのパンツは私のです。恥ずかしさから自分のじゃないなんて言ってすみませんでした」と謝ってこいとは言えなかった。それにしても、男性店員も、なぜこそっと「落としましたよ」と耳打ちするなど機転を利かせられなかったのか。客に恥をかかせず事を収めるのもサービス業の腕の見せ所だろうがよ! などと、身内贔屓で怒ってみる。

店員は、若く純朴そうな大学生だったらしいが、素直すぎたのが災いしたのか。

 あれから数十年経つが、今でもそのレストランの前を通るとき、母の嘘とパンツを思い出す。あの後、母のシルクのパンツはどう処理されたのだろうか。そして、あの時の男性店員は、今、まともな人生を送れているだろうか。若い時に受けた大きな恥はトラウマとなり、その後の人格形成に大きく影響するというから、母のついた嘘が、彼の人生を狂わせていないことを祈るばかりである。

ニートは交尾できなくても死なないから

 

 琥珀色の甘い誘惑、とろける食感。蜂蜜を紅茶に入れて飲む優雅な午後ティーは、乙女なら一度は憧れる一杯。だが、蜂蜜は高価で、私のような貧乏人は口にすることができなかった。手に入らないとなると、欲望はますます膨らむ。なんとか蜂蜜を手に入れようと、蜂の巣を追い求め、古い屋敷の軒下を覗いたりもした。だが、見つけたからといってどうやって蜂蜜を取り出せばいいのか、わからない。そもそも、蜂蜜とはなんぞや。私は何も知らなかった。当時はグーグルのようなツールもなく、蜂蜜への探究心は調べる面倒臭さが勝って、三日坊主で消え失せた。ようやく、大人になって再び蜂蜜が気になった私は、早速ミツバチについて検索。ウェブにはミツバチの雄は、ドローンと呼ばれ、なまけものや居候の意味を指すと書いてあった。働き蜂の雌たちと違い、なにもせず、ただ食って寝るだけの存在だからだそうだ。そのせいで、人間のニートとも比べられていた。だが、あまりに雄蜂に失礼だろう。ドローンという仇名も誰が付けたのかしらないが、全くもって酷い。ニートは交尾できなくても食わせてくれる親や他の誰かがいれば餓死は免れる。だが、雄蜂は女王蜂と交尾して死ぬか、交尾できずに飢死にするか、過酷な二択の運命しかないのだ。自ら稼がず、親に食わしてもらい、結婚もせず、子孫も残さない人間のニートと比べるのは腹違いだ。人は、自分で道を選べるではないか。習性から悲運しか選択できない雄蜂とは違う。

 ページをスクロールしていくと、秋になって巣を追い出され、息絶えた雄蜂が横たわる画像が出てきた。

 「交尾できない、ただの大飯食らいは邪魔」

 私はちょっぴりセンチメンタルな気分になり、雄蜂の生態が記されたページを閉じた。今日の午後は、ちょっと贅沢をしておいしい蜂蜜紅茶を飲んでみようかな。私は財布を掴んで寒空の中、スーパーまで自転車を走らせた。額にあたる風が冷たかったが、甘い蜂蜜を想うと気分がほっと温もった。冬は、もうすぐそこまで来ている。

アメリカ婚活回転寿司

 私は仕事も結婚も嫌だと思ったら即やめてしまう人間だが、人の意見にすぐ流される繊細な心も同時に持ち合わせている厄介な女である。

 離婚してしばらく経ったころ、同僚の知り合い(もはや他人)から「LAでシングルは異端だから早くなんとかしたほうがいいよ」と、お見合いの話を持ちかけられた。US政府シングル抹殺計画(勝手に命名)については所々で述べてるので割愛する。

 私が紹介されたお見合は、向かい合って椅子に座った男女約40名ほどが、5分毎に入れ替わる(動くのは男子のみ)という、スピードデイティングだった。

 男は全員アメリカ人で、女性はほぼ日本人。しかも、この日のためにわざわざ日本から渡米してきたというハイエナ軍団……もとい、結婚願望レベルMAXというステータスを頭上に浮かび上がらせている戦闘値5億超えの強靭女戦士たちだ。

 そんななか、「人に勧められて、今後断るのが面倒だからちょっと参加してみた」という私のようなへぼい体力5、精神力1程度のステータスの日本人はおらず、もう、始まる前のトイレのメイク直しから場違い感満載で、彼女たちの歩く風圧で即死しそうな勢いであった。

 婚活が始まり、司会者のどうでもいい説明のあと早速お見合い開始。番号をつけた男性が回転寿司のネタのように順番に回ってくるので、その都度自己紹介をするのだが、なんせ5分なので、みんな自己紹介くらいしかできない。一応、住んでいる場所、仕事、趣味などを書いたカードを事前に交換するので、ある程度のバックグラウンドはスキャンできるが、5分でその為人がわかるはずもなく、もうちょっとこの人のことが知りたいなぁと思った矢先、「パパァーン!」とラッパホーンみたいな音がなって男性が横にずれる。(続きは本で……)

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